事例・対談でわかる
社会問題の解決アプローチ

地域の課題は産官民学の連携で解決する。
「公共の未来」出版記念イベント@東京

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行政だけでは解決できない地域の課題に、産官民学でどう取り組めばよいのか――。グラビス株式会社は、そんなテーマで自治体や民間、アカデミアの関係者が語り合うリアルイベントを2024年12月17日に東京都内で開催しました。代表取締役・古見彰里が執筆した「公共の未来‐2040年に向けた自治体経営の論点‐」の出版を記念したもので、パネリストとして豊島区の高際みゆき区長、武蔵大学社会学部の庄司昌彦教授をお招きし、自治体の組織活性や人材育成を支援する「有理舎」を主宰する林・小野有理さんの進行のもと、「産官民学連携による地域の課題解決と公共の未来」をテーマにしたパネルディスカッションを行いました。自治体の首長、研究者、民間それぞれの視点から、今後、日本各地の課題を解決していくための産官民学連携について語り合いました。

役所内の各部署や民間で連携

 グラビス・グループの事業会社グラビス・アーキテクツの本社・事務所がある全国4カ所で実施された一連の出版記念イベントの最終回となりました。

 はじめに、区民や区内の事業者からの提案・事業アイデアを積極的に区政に取り入れている豊島区の高際みゆき区長が、自身が実践してきた地域課題の解決事例について紹介しました。


高際 みゆき 豊島区長。サントリー、東京都庁を経て、2023年4月より現職。サントリーでは営業支店、宣伝企画部を経験し、29歳で都庁に入庁した。都生活文化局総務部総務課長、首都大学東京総務部長などを経て、2018年から2年間、政策企画局で小池百合子都知事の秘書事務担当部長を務めた。2020年に豊島区の副区長となり、福祉や健康、子育て支援、文化政策などを担当。2023年4月、24年ぶりの新区長として豊島区長に就任した。

 区では特に女性や若者、子どもの声を政策に取り入れることに力を入れています。例えば、生きづらさを感じている10代、20代の女性を支援する「すずらんスマイルプロジェクト」では、区役所のさまざまな部署や民間支援団体、企業、学校が連携し、生理用品の配布やSNSを通じた支援情報の発信を進めています。

 高際区長は「一つの部署、行政だけで解決できる課題はない。区役所内を横ぐし、縦ぐしでつなぎ、民間とも連携し、区に届いていなかった声を聞いていく。私たちが待っていても意見は来ないので、情報発信に力を入れている」と強調しました。

それぞれの住民ができることをやっていく

 続いて、武蔵大学社会学部の庄司昌彦教授が今後の産官民学の連携のあり方について講演しました。

庄司 昌彦 武蔵大学社会学部教授。主な研究領域は情報社会学、情報通信政策。2019年より現職。国際大学GLOCOM研究員、総務省自治体システム等標準化検討会座長、総務省地域情報化アドバイザーなども務める。主な業績に、連載「行政情報化新時代」(行政&情報システム、2011年~現在)、「シェアリングエコノミーの進展と都市 : 情報社会化の進展とデータ活用の観点からの考察」(不動産研究、2019年)など。

 庄司教授は2040年に想定される日本の人口ピラミッドを示したうえで、高齢化や単独世帯の増加によって福祉分野の行政ニーズが増え、行政の仕事量がますます増えていく問題を指摘しました。一方で地方公務員の数がすでにピーク時よりも15%程度減っており、今後も減っていくと予想されることから「行政が何でも丸抱えでやっていくことは無理だ」と述べました。

 こうしたことから、行政が民間企業と連携して社会課題を解決していく動きのほか、「自分たちもできる範囲で、できることをやっていく」という、自治に重点を置いた参加型民主主義も重要になっていくと語りました。

民間経験を生かし、人事改革やDXを推進

 そして林さんは民間から行政の立場に移り、改革を進めた経験を語りました。

林・小野 有理 有理舎主宰。リクルートでSUUMOマガジン編集長などを務めた後、2017年、公募を経て大阪府四條畷市の副市長に就任。4年間にわたって、民間での経験や1児の母としての問題意識を生かした改革を推進した。退任後は、地域づくり研究や自治体活性支援を行う「有理舎」を主宰。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2020受賞。

 林さんは、自治体職員の不足や人口の先細りが課題となる中、四條畷市の副市長として民間企業がもつ経営戦略を生かしてきた経験を語りました。

 まず採用の基準を変え、民間の感覚や素質をもっている人材を2割以上にし、風土を変えていくための人事改革を実施。市役所全体のデジタル化も進めました。

 そうした中で市長と市民の対話の場を繰り返し設け、SNSでの情報発信にも力を入れました。例えば、住民が道路の穴を見つけたときに、LINEで市役所に通報するシステムを導入したことで、市職員は場所や修復の優先度が分かり、業務も効率化されたという事例を紹介しました。

 ただ、自治体によって規模や人口構成は異なるため、「民間企業の方々には、各自治体の規模や状況の違いを理解しながら、それぞれの自治体に合ったデジタル推進をベースとした官民連携を考えていただければ」と呼びかけました。

グラビス代表取締役の古見彰里

「何ができるか」でなく「何をしたいか」を考える

 続いてのセッションでは、「消滅可能性都市脱却と官民の連携」「2040年問題への危機意識と対応」「官民学が連携・分担した社会問題の解決」「新しい公共とデジタル」という四つのテーマについて、林さんの進行のもと、高際区長、庄司教授、古見が議論を交わしました。

 まず林さんは、豊島区が2014年、東京23区の中で唯一、「消滅可能性都市」と指摘されたことに触れました。消滅可能性都市とは、民間の有識者らでつくる「日本創成会議」が発表した、2020~50年の間に若年女性が半減すると推計される自治体のことです。

 その後、豊島区は女性が住みやすいまちづくりや子育て支援を進めた結果、2024年の同種の報告書では消滅可能性都市から脱しました。2020~50年の若年女性の減少率が2.8%までに改善したのです。高際区長は「積極的に現場の声を聞きに行ったり、住民と共に活動したりして、妊娠から出産、子育てまで切れ目なく支援していることが評価された」と手ごたえを語りました。

 一方、庄司教授は、こうした産官民学の連携の現場では、民間支援団体が平日も休日も活動にあたっている現状に触れ、「行政は民間支援団体を安く使える存在ととらえるのではなく、一緒に取り組む相手として考える姿勢が大事だ」と語りました。自治体の職員は定期的に異動し、民間支援団体との関係が切れてしまうこともあるとして、行政は地域課題の解決に向け本気で取り組んでほしいとも訴えました。

デジタルを活用し、社会課題の解決も

 自治体のデジタル活用に関する課題についても語り合いました。庄司教授は、デジタルを使うことで単純な業務効率化にとどまらず、データ分析を進めて社会課題の解決につなげていくこともできるとして「クリエイティブな使い方を磨いていかないといけない」と強調しました。

 古見は「生成AIに何ができるかという技術論の話からではなく、生成AIを活用して何をしたいかというニーズの話から始めたい」と、現場のニーズからデジタル活用を考える必要性を訴えました。

 高際区長、庄司教授、古見はいずれも、産官民学の連携においても、自治体のデジタル活用においても大切なのは「ミッション」だと語りました。高際区長は「すずらんスマイルプロジェクトはミッションが明確だったからこそ、民間支援団体や企業とも組みやすかった」と振り返りました。

 そして古見は「問題が多様化すると、現場の判断が求められる」として、「哲学や歴史も踏まえ、目指すミッションに向けて自分のやるべきことを考えるトレーニングが一人ひとりの職員に必要だ」と人材育成のあり方を語りました。

住民が課題を自分ごとととらえられる情報発信

 パネルディスカッションを受け、自治体関係者や行政関連のビジネスを手がける関係者をはじめとする参加者からの質問が相次ぎました。

 豊島区のすずらんスマイルプロジェクトについては「素晴らしい活動だが、自治体の仕事量が増えていくという課題もあるのでは」との質問がありました。高際区長は「自分たちの枠を超えていくことは大事だが、住民に社会課題を自分ごととしてとらえてもらうための取り組みにも力を入れている」と答えました。例えば、防災対策では住民にも分かりやすいミニブックを配り、自分にできることは自分でやってもらうことを目指しているといいます。

 続いて、「DXの本質は、業務効率化にとどまらず、地域や組織にまたがる仕組みを作って連携し、課題を解決すること。DXのゴールの視座を自治体に高めてもらう手段はあるか」という質問に対して、古見は「職員の皆さんに、手段を目的化する癖をやめてもらうことだ。目的やミッションを大切にすることは時間がかかるが、だからこそ、すぐやらないといけない」と提言しました。

 庄司教授は「とことん議論し、いろんな見方を示し合うことが、ミッションを問い続ける機会になる」と、職員同士で十分な議論を続けることの大切さを強調しました。

 その後も、同じ会場で登壇者と参加者らを交えた懇親会が行われ、「産官民学連携」や「行政のデジタル化」などを話題に、熱い会話が繰り広げられました。