事例・対談でわかる
社会問題の解決アプローチ

事例で学ぶ!
ITを活用した自治体の虐待防止の取り組みをご紹介

虐待のない健やかな育児のイメージ画像

Share

  • X
  • LinkedIn
 10年間で4倍に増えている児童虐待問題。毎年50件以上の死亡事案も報告されており、警察や児童相談所など、あらゆる行政の接点を活用した対策が求められています。
 前回は、虐待問題の原因と、行政に求められる役割を解説しました。今回は、実際に三重県、札幌市を例に、虐待防止へに向けた取り組みポイントを考えます。

児童虐待の増加は解決すべき社会問題

 児童虐待の問題は、さまざまな要因で起こる親子関係の不安定さをなかなか周囲に相談しづらいために引き起こされると言われています。経済問題など根深い問題も影響すると考えられるため、一朝一夕での解決は難しい部分もあり、事前に虐待リスクを察知し、大きな問題を未然に防ぐことが重要になります。
 中でも行政は、妊娠から出産、育児のさまざまで子育て世帯と接点があり、虐待リスクを察知することが求められています。

虐待防止への取り組み|AIで児童相談員のスキルを補う(三重県)

 ここからは実際に、ITを利用して課題解決に取り組んでいる自治体に注目しましょう。
 三重県では、2012年に四日市市で悲しい死亡事案が発生しました。検証を通して、「虐待リスクを査定できる仕組みがないこと」が指摘され、現在はAIを活用したリスクアセスメントの取り組みが行われています。


AIで虐待リスクをスコアリング

 三重県では、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)が開発した、児童相談所向けのタブレット端末用アプリ「AiCAN」を使い、虐待に気づく取り組みをしています。「AiCAN」は、データをもとに虐待の重篤度、将来的な再発率、一時保護の必要性、対応終結までに要する日数といった指標を瞬時に予測し提示するAIツールです。


 三重県では、県内の児童相談所で紙媒体に蓄積してきた約6,000件の情報から、児童の年齢や性別などの基本情報と虐待リスクのアセスメントデータをデジタル化し、「AiCAN」で虐待リスクを予測しています。


データを蓄積することが重要に

 「AI」というキーワードが先行しがちな虐待リスクのスコア化ですが、その実現は継続的なデータ蓄積があったからこそと言えます。
 児童相談所の職員が不足している状況では、通常業務と並行してのデータ蓄積は簡単でではなく、データ蓄積の方法も検討の余地があるでしょう。


【ポイント】システムが、児童相談員を支援する
AIは過去のデータをもとにアドバイスをくれる、言わば”ベテラン職員”です。判断の質を向上させるほか、人材の育成にも効果的です。人材の入れ替わりが多い組織においては、ノウハウのリセットを防ぎ、組織全体の専門性を向上させることも期待されます。

虐待防止への取り組み|各機関の情報を連携し、一元化(札幌市)

 次に、三重県とは別の手段で対策に取り組む札幌市(北海道)の事例を紹介します。札幌市では虐待死の事案を受け、「区及び生活圏を単位とした支援体制の強化の必要性」や「母子保健体制の見直し、乳幼児健診の改善の必要性」など、さまざまな対策の必要性が提言されました。


 特に「区及び生活圏を単位とした支援体制の強化」に向け、複数の組織の情報を連携し児童虐待のリスクアセスメントを行うシステム「子育てデータ管理プラットフォーム」についてご紹介します。

虐待を察知する「子育てデータ管理プラットフォーム」

 「子育てデータ管理プラットフォーム」は、①児童相談システム②家庭児童相談システム③母子保健システムの別々のシステム3つをつないだシステムです。18歳になるまでの全ての⼦どものデータを対象とし、健診の受診状況や結果、相談内容を一元管理しています。母子保健などを担当する区の職員や児童相談所の職員など、異なる組織の職員が同じシステムで情報を共有・把握でき、可視化された危険度(点数)を共通の判断材料とすることが可能となります。

タイムリーな情報連携が可能に

 「子育てデータ管理プラットフォーム」の稼働により、各部署における相互の情報閲覧等が充実したことで、「日常的にタイムリーな情報連携が可能となった」という報告があります。紙や電話でのやり取りに比べて、情報連携に関する工数が下がっているようです。

【ポイント】情報連携は、国(こども家庭庁)でも推進されている
困難を抱えるこどもや家庭ほどSOSを発することが難しいことから、児童虐待の解決にはプッシュ型の支援が重要です。2023年4月に創設された「こども家庭庁」においても、潜在的に支援が必要なこどもや家庭を情報連携によって早期発見し、プッシュ型で支援することが推進されており、実証事業の公募も行われるようです。

データ活用の設計と人材育成が重要

 ITシステムを動かすには正しいデータがインプットされることは必須条件です。どういうデータをどう集め、どのような評価基準で分析するかは、データを扱う職員にかかっています。データの精度が悪ければ、いくら高級なシステムを作っても問題解決につながらないでしょう。また、出てきたアウトプットをどう判断するかも重要です。結果を検証し新たなインプットデータとすることで、虐待防止のPDCAを回すことができます。


 AIなどのツールは魅力的ですが、ツール自体が何かを解決してくれるわけではありません。ITを有効に活用するため、①問題の解決策を描き、その中でIT方法を設計する力や、②人だからこそできる判断や対人ケアの能力を育てること、すなわち人材育成が重要になります。